<< Next Prev >> 2007年10月7日の集い

「教会はあらゆる方を受け止める必要があります」

ローマ人への手紙9:1-29

記: 西原智彦

「神の選び」と「世界宣教」は、あ ・・・

大人と一緒に「雄雄しくあれ」を賛・・・

35分43秒 (8.2 MB)

「神の選び」と「世界宣教」は、あい反する概念に感じやすいです。しかし、ユダヤ系信者と異邦人信者の間に不一致があるローマの兄姉にとって、神の選びは世界宣教への動機付けとなりました。パウロは、神の選びを強調することで、神の恵みの深みを語り、教会があらゆる方を受け止めるよう説きます。とくに9:1-29において、教会があらゆる方を受け止める必要がある3つの理由を記します。

第一の理由は、一見、神に選ばれているとは思えない境遇の方の中にも信仰を持つ人はいるからです(9:1-13)。パウロの同胞である選民イスラエルは、今や神から遠く離れ、あたかも神の選びが失敗したかのようです。しかし、神はイシュマエルではなくイサクを、エサウではなくヤコブを確実に選びました。選民とは思えない境遇下にいるイスラエル人の中にも信仰を持つ人がいたのですから、教会は伝道相手の霊的境遇を判断材料にして、勝手に選り好みしてはいけません。

第二の理由は、信仰を持つための努力をせず、願いすら持たない方の中にも信仰を持つ人はいるからです(9:14-18)。神はご自身が哀れみを施したい人間に哀れみを施し、そうでない人間に対しては、なすがままに引き渡され、かたくなにされます(1:21,24,26,28参照)。この区別は100%、神にかかっているのですから、教会は伝道相手の意思や勤勉さを判断材料にして、勝手に選り好みしてはいけません。

第三の理由は、神ご自身が罪深い人類への怒りを抑えて、あらゆる民族の中に点在する選びの民に福音が届く日を待っているからです(9:19-29)。世界中の選びの民が救いに招かれる日まで、神は歴史を閉じることなく、自ら滅びの道を歩み続ける世の人への憤りを忍耐されています。ですから、教会も忍耐の限りをつくして、あらゆる方々に福音を伝え続けるべきです。

メッセージ・キャラクターレーダー

2007年10月7日のメッセージはいかがだったでしょうか。このメッセージの特徴をレーダーグラフに投票しましょう!このメッセージへの現在の投票総数はです。

関連エントリ抽出中...
このページのTOPへ戻る
Copy Right カルバリの丘バプテスト教会 2007-2009.