「すでに永遠の命に生きていると確信しよう」
ヨハネの福音書11:25
記: 西原智彦
エルサレムのユダヤ人たちは、ユダ ・・・

今日の子供メッセージは「イエスさ・・・
43分3秒 (9.9 MB)
エルサレムのユダヤ人たちは、ユダヤ地方での最後の伝道に励むイエス・キリストを石打ちにしようとし、イエスはやむなくヨルダン川近辺に逃れました(10:39-42)。そのような時、エルサレムの極近郊に位置するベタニヤに暮すラザロが病気になったとの知らせが届き、二日後にイエスたちはベタニヤに向いました(11:1-6)。弟子たちはエルサレムの人々の迫害を恐れて、ベタニヤに戻ることをためらいました。しかしイエスは、恐れゆえに二日遅らせたのではありません。病気のラザロが死んで復活することによって、姉妹のマルタ、マリヤ、そして多くのユダヤ人たちの信仰に成長をうながす計画をされたのです。イエスを罪からの救い主として信じた人はだれでも、その瞬間からすでに新しい永遠の命に生きていることを覚えてほしかったのです。そのための3つの方法を、この箇所から学ぶことができます。
第一に、復活を単に将来への期待として捉えないことです(11:17-27)。マルタが抱く復活信仰はパリサイ派と同じく、将来の復活だけでした。しかしイエスは目前に控えたご自身の死と復活を強調し、イエスを信じる人はその瞬間にイエスと共に古い命に死に、新しい命に生きるようになっている、と強調するのです。
第二に、世の常識に流されないことです(11:28-40)。故人の死を悲しんで一週間嘆き続けるユダヤの風習にマルタとマリヤも従い、魂は永遠に生き続けることを見失ってしまいました。その不信仰をイエスは憤り、悲しまれるのです。
第三に、肉体の死によっては魂が消え去らなかった、という実例を受け入れることです(11:41-45)。終わりの日まで待つことなくラザロは復活できました。つまりイエスを信じた瞬間からすでに、魂は永遠の命を生きているのです。
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