<< Next Prev >> 2008年3月23日の集い

「キリストの復活を心から信じる人には使命感が増し加わります」

ヨハネの福音書20:1-18

記: 西原智彦

キリストの死と復活を間近に体験し ・・・

イエスさまの復活をお祝いするイー・・・

28分15秒 (6.5 MB)

キリストの死と復活を間近に体験した弟子たちの信仰は大きく揺らぎました。福音書を記すヨハネ自身もその一人です。しかし、どんな信仰の姿勢をもつ弟子であっても、キリストの復活を心から信じる時、キリストのために生きる圧倒的な使命感が増し加わるのです。

第一にたとえそれが、淡白な信仰をもつ人だとしてもです(20:1-10)。イエスの墓石が動かされていることを聞いたペテロとヨハネは、一方は俊足を活かし、他方は勇敢さを活かして急いで墓に向いました。ところが、遺体の無いことに気付いた二人は、あまりにもあっさりと「見て、信じ」るだけで(8節)、「帰って行った」(10節)のです。そんな淡白な信仰姿勢の原因についてヨハネは、聖書による理解がなかったので(9節)、と後に反省を込めて記しました。キリストの復活の意義を聖書から詳しく理解するときにこそ、キリストのために生きる圧倒的な使命感が与えられるのです。

第二にたとえそれが、甘えん坊な信仰をもつ人だとしてもです(20:11-18)。二人の弟子とは対照的にマグダラのマリヤは、葬儀の後に1週間泣き崩れるシヴァーというユダヤの習慣に従います(11:28-33参照)。復活の主ご自身と御使いたちによる「なぜ泣くのか」という指摘があってもマリヤは取り乱し、逆に復活の主に気付くと信仰姿勢は一転し、甘えん坊になってすがりつくのです。そんなマリヤにイエスは「まだ御父のもとに帰る時になったわけでもないのだから、すがりつくのをやめなさい」(17節)と指摘されるのです。復活されたキリストは弟子たちを、かつて手取り足取り訓練されたようには、もはや扱いません。一人一人の弟子が御言葉と聖霊に助けられ、自分自身でキリストのために生きる圧倒的な使命感を抱き、自立した信仰者となることを期待されているのです。

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