「信仰なき為政者であっても従いましょう」
ローマ人への手紙13章1-7節
記: 西原智彦
12:14-21においてパウロは、個人的な ・・・

春の訪れを味わう暖かな日曜日でし・・・
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12:14-21においてパウロは、個人的な復讐を禁じました。善によって悪行を恥じ入らせることが、クリスチャンの最大の武器だからです。しかし社会の悪行がすべて見過ごされていては、一時的な平和すら保たれず、一人でも多くの人が罪から救われるようイエス・キリストが忍耐されている(2ペテロ3:9参照)のが無駄になります。そこでパウロは論点をクリスチャンから為政者へと変え、たとえ信仰なき為政者であっても、彼らに従っていくことの重要性を説くのです。
第一に、たとえ信仰なき為政者であっても、人類の堕落以前より神がたてられた働き人だからです(13:1b-2)。聖書によると為政者は、社会の便宜上たてられた職務ではなく、また神と無関係な汚らわしい職務でもありません。たとえ当時のネロ・ローマ皇帝であっても、創造の前に神のご計画の内にたてられた職務なのです。それゆえ、為政者の権威に逆らうことは神の定めに逆らうことであり、世の終わりに裁かれるのです。救い主イエスへの信仰の有無に関わりなく、すべての人があらゆる為政者に従うことこそ、人類の堕落以前からの神のご計画です。それゆえ、「良心のためにも従うべき」(5節)なのです。
第二に、たとえ信仰なき為政者であっても、悪を罰する権威を一時的に神から託された働き人だからです(13:3-4)。12:19において個人的な復讐を禁じたパウロは、同じ言葉を13:4で用い、為政者に生殺与奪の権が与えられていると記します。人類の堕落後の世界に仮の平和を与えるために、神は大洪水の後に為政者に生殺与奪の剣を一時的に託されました(創世記4:14-15, 9:5-6参照)。そしてその裁きは為政者の手によってこの時代に行われているのです。それゆえ為政者の「怒りが恐ろしいから」(5節)彼らに従うべきなのです。
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