「内と外を区別しない、確信に満ちた信仰生活を歩もう」
ゼカリヤ書 3章1節-10節
記: 西原智彦
ユダヤ人の政治的独立の野望は「エ ・・・

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ユダヤ人の政治的独立の野望は「エルサレムは城壁がない町となる」(2:4)との幻によって絶たれ、再建途中の神殿だけが神の民としての尊厳と信仰を守る最後の砦です。そこで神は、総督ゼルバベルではなく大祭司ヨシュアの幻を先にゼカリヤに見せ(3-4章)、内面の霊的城壁が確立すれば外面の物理的城壁は不必要と教えます。ここから内と外を区別しない、確信に満ちた信仰生活を歩む3つの秘訣を学びましょう。
第一の秘訣は「神の選びによって生かされている」という謙遜な確信をもつことです(3:1-2)。捕囚から帰還後、ユダヤ人は神殿建設を放り投げ、政治的にも信仰的にも尊厳も失い、サタンの恰好の餌食となりました。それでも神はエルサレム復興のために若いヨシュアを大祭司として選ぶのです。「こんな私でも神は用いて下さるのだ」という謙遜な確信こそ、内と外を区別しない信仰生活の原動力です。
第二の秘訣は「聖める神に自らを明け渡す」という無力な確信をもつことです(3:3-5)。外面的城壁はお金・経験・人脈によって建設可能ですが、内面的城壁は神による罪の聖めがなければ建設できません。ヨシュアは汚れた服を神の使いに脱がせてもらい、祭司の衣服を着せてもらいました。自分自身の無力さを認め、主イエスは必ず聖めて下さるという確信こそ、内と外を区別しない信仰生活の成長力です。
第三の秘訣は「神に従うならば信仰一本で現実生活を歩める」という希望に満ちた確信をもつことです(3:6-10)。神はヨシュアに、戒めを守れば儀式の運営者(「宮を治める」の意)と共に、エルサレムの内政指導者(「庭を守る」の意)とすると言われました。かつては信仰なき政治家が城壁でエルサレムの平和を維持しましたが、今や神殿以外何もありません。宗教儀式に没頭する並の祭司には無理ですが、主はヨシュアを霊性豊かな統治能力のある大祭司として立てたのです(ヨシュア20:6参)。神の御言葉は現実世界で必ず事を成す、という希望に満ちた確信こそ、内と外を区別しない信仰生活の継続力です。
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