「どんな状況でもキリストに躓かず従いましょう」
マタイの福音書11章2-19節
記: 西原智彦
バプテスマのヨハネとイエスの出現 ・・・
33分17秒 (7.6 MB)
バプテスマのヨハネとイエスの出現により、ユダヤ人達は世の終わりの到来を感じていました。しかしヨハネは投獄され(マタイ14:3-4)、主の道を備える状況ではなくなりつつありました。この姿から、どんな状況でもキリストに躓かず従うことを覚えたいと思います。
第一に、たとえ悪が一時的に野放しにされている状況があってもです(11:2-6)。ヨハネはイエスにバプテスマを施したとき、イエスが世の終わりの裁き主であると気づきました(ヨハネ1:33)。ところがイエスは罪人を救うばかりで裁きは下されないので、イエスが本当にメシアであるのかどうか、確信が揺らぎ始めました。裁きの日までの間、一時的に悪が許容されている現実を忍耐できる人は幸いです。
第二に、たとえ信仰生活が祝福されない状況があってもです(11:7-15)。ユダヤ人たちは、ヨハネこそ主の裁きの前に再来する預言者エリヤと考えていましたが(マラキ4:5-6)、ヨハネの投獄を知って「ヨハネ=エリヤの再来」を疑うようになりました。しかしイエスは、ヨハネこそ旧約から新約へ時代を転換させたエリヤの再来であり、だからこそ、取税人たちでさえ神を信じることができる神の国が到来していることを告げるのです(ルカ7:29)。たとえ信仰生活が祝福されなくとも、誰でも今すぐ救いをいただける現実を見て、神の国がますます近づいていることを覚える人は幸いです(ロマ10:6-8)。
第三に、たとえあらゆる言い訳によってキリストを拒む人がいてもです(11:16-19)。取税人達が神を信じる一方、パリサイ人達はいなごと野蜜を食べるヨハネをののしり、普通の食生活を送るイエスをもののしります(ルカ7:30)。それはあたかも、婚礼の遊びにも葬儀の遊びにも加わらない、ひねくれた子供のようです。初めからキリストを信じるつもりのない人々の中にあって、罪を悔い改め、キリストの救いを受け入れる人は幸いです。
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