「聖霊による罪の宣告に屈服しましょう」
ヨハネの福音書16章1-16節
記: 西原智彦
神が福音を通してあらゆる人々を呼 ・・・
40分39秒 (9.3 MB)
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神が福音を通してあらゆる人々を呼ばれる(召される)時、聖霊はその人々に対して罪を宣告し、救われなければならない状態にあることを伝えます。その宣告は正しく、誰もが受け入れなければなりません。聖霊による罪の宣告に屈服すべき3つの理由を知りましょう。
第一に、不信仰という事実を前にして、私たちが罪人であるのは疑いの余地がないからです(16:9)。すべて人はアダムにおいて神に反逆し、神のかたちを損ねた罪人となったので、神とその御言葉を信じ切れない不信仰な側面があります。それは被造物としての地理的・時間的・知的限界や経験不足のゆえでなく、罪の現れなのです(ロマ1:18-21)。
第二に、義なる御子イエスが十字架で処刑された事実を前にして、その刑は本来、私たちの罪のためであるのは疑いの余地がないからです(16:10)。「御子イエスが父のもとに行く」という表現は、イエスの十字架での死、復活、昇天による贖いの完成を意味します。磔刑に処せられたイエスは、贖いの完成によって義なる神と宣言されました(1テモ3:16、ロマ1:4)。御子イエスの十字架刑は、罪なき義なるお方が私たちの罪ゆえに苦しまれた刑罰なのです(1ペテロ2:22-24)。
第三に、イエスの十字架の死においてサタンが裁かれた事実を前にして、罪赦されなければ私達にも永遠の有罪判決が下されるのは疑いの余地がないからです(16:11)。イエスの十字架の死において、この世を支配者は有罪宣告を受けました(コロサイ2:15;ヨハネ12:31-33)。ならば罪人も必ず裁きの座につくのです(ヘブル9:27)。永遠の裁きを否定する人は多くいますが、それはサタンが目を曇らせているのです(2コリ4:4)。
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