「真の悔い改めをしましょう」
記: 西原智彦
回心のおもて面が「信仰」とすれば ・・・
38分48秒 (8.9 MB)
メッセージに応答!
回心のおもて面が「信仰」とすれば裏面は「悔い改め」です。この2つは切り離すことができません。悔い改めるとはどういう行為なのでしょうか。その具体的方法を3つ理解し、真の悔い改めをしましょう。
第一に、自分が神の御前に罪人である事実を理解することです(詩51:3)。それはちょうど信仰の第一歩が「信じる対象を理解して納得する知的な営み」であるのと同様です。「私は神から遠く離れた罪人なので罪を犯し、自分自身では救いようがない」という現状把握が悔い改めの第一歩です。神はユダヤ人には律法、異邦人には良心により、すべての人に罪の意識をもたらしています(ロマ3:20,1:32)。
第二に、罪人である事実を悲しむことです(2コリ7:8-11)。それは、どうにも救いようのない自分自身を恥ずかしく思い(ロマ6:21)、自分の実状を言い訳することなく謙虚に受け止め(ロマ3:19)、そしてそんな自分自身の姿を後悔する(ヨブ42:6)という感情的な感覚です。この感情だけでは救われませんが(マタイ27:32)、それでも神のみこころに添って悲しむことは救いに至る真の悔い改めの大切な第二歩です。
第三に、心の態度を罪から、赦して下さる神へと方向転換することです(2歴代7:14)。それは、罪人であることへの自己卑下もしくは開き直りの姿勢をかなぐり捨てて、神の赦しを請い求める、意志による決断です。契約に従って御民を愛し通される誠実な神を信じるからこそ方向転換できます(ホセア6:1)。その時に初めて、罪への悲しみが悔い改めの実を結び始めるのです(2コリ7:9-11)。
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