<< Next Prev >> 2009年8月30日の集い

「キリストと一体とされたことを喜びましょう」

記: 西原智彦

「キリストと一体とされる」、それ ・・・

8月最後の礼拝です。教会は具体化す・・・

35分1秒 (8.0 MB)

メッセージに応答!

「キリストと一体とされる」、それは新生、義認、神の養子縁組など、救いのあらゆる側面を網羅する根拠です。神は御民を法的にも霊的にも活力的にもキリストと同一視されます。キリストと一体とされたことを喜ぶべき3つの理由を学びましょう。

第一に、キリストと一体とされた人こそが義認されるからです(ロマ8:1)。罪人である私たちが、来るべき神の裁きにおいて無罪宣告されるのは、私たちが義なるイエス・キリストのうちに置かれて一体となっているからです。御父は「キリストを義、一方で信仰者は有罪」にはできません。こうして信仰者はキリストのただしさを我がものにできるのです(1テモテ3:16,1コリント1:30)。

第二に、キリストと一体とされた人こそが新しい命の力を得るからです(ピリピ4:13)。罪に死んでいた私たちがイエスを救い主と信じ、罪を犯さず、キリストの姿へと成長できるのは、キリストが私たちのうちにおられて一体となっているからです(ガラテヤ2:20)。こうして信仰者はキリストの力を我がものにできるのです(2コリント12:9)。

第三に、キリストと一体とされた人こそが苦しみの後に勝利を得るからです(1ペテロ4:13)。カルバリの十字架にてキリストと共に葬られ、新しい命を得た人は、地上での生涯を通じてキリストのための苦しみを担い(コロサイ1:24)、キリストの死と同じ苦しみに与り(ピリピ3:10)、世の終わりにキリストと共に支配します(2テモテ2:12)。こうして信仰者はキリストの勝利を我がものにできるのです。

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