「イエスの御降誕をお祝いできる信仰をもちましょう」
マタイの福音書1章18-25節
記: 西原智彦
ヨセフにとって、婚約相手のマリヤ ・・・

アドベント第二週になりました。礼・・・
27分25秒 (6.3 MB)
メッセージに応答!
ヨセフにとって、婚約相手のマリヤが聖霊により身重になったことは、受け入れがたいショックだったことでしょう。受胎告知を受けたマリヤ(ルカ1:26-38)は、おそらく、ヨセフに事実を告げ、ヨセフは聞き流したのでしょう。しかし、親類のエリサベツのもとで3ヶ月暮らして帰ってきたマリヤ(1:56)の姿を見たとき、マリヤの妊娠を認めざるを得なくなりました(マタイ1:18)。こうして世界で最初のクリスマスは、婚約相手の妊娠を信仰により受け止めなければならない、という一大事から始まりました。私たちもヨセフのように、イエスの御降誕をお祝いできる信仰をもつための方法を会得しましょう。
第一に、ヨセフのように聖書を人生の規範とすることです(1:19a)。婚約相手が誰かの子を妊娠したのですから、当時のローマ法に従ってあっさりと婚約を破棄出来たでしょうし、逆に罪をかぶって我が子と偽ることもできたでしょう。しかしヨセフは正しい人であったので、旧約聖書に従って、離縁の手続きをとる決心をしたのです。
第二に、ヨセフのように正義と愛を両立させることです(1:19b)。公けに離縁すれば花嫁代の返金請求ができますが、マリヤは再婚不可能な子持ちの姦淫の女となります。それはモーセ律法時代に執行されていた死刑以上に残酷な人生かもしれません。そこでひそかな離縁という愛のある方法を選択したのです(民5:12-31)。
第三に、ヨセフのように理解を超えた神の御業を受け入れることです(マタイ1:20-25)。ヨセフは御使いの言葉を聴いたとき、一度掲げた男の決断をあっさり引っ込めます。社会から「ふしだらな夫婦に与えられた子」と後ろ指をさされ、冷ややかな視線を一生浴び続ける道を選ぶのです。正義を追い求め、人を愛し、恥を忍ぶ、そんな信仰を抱くときに、イエスの御降誕を心からお祝いできるのです。
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